2012年8月18日土曜日

[読了]オーバーフローする脳―ワーキングメモリの限界への挑戦

Torkel Klingbergの『オーバーフローする脳―ワーキングメモリの限界への挑戦』を読みました.

Torkel Klingberg, 苧阪 直行(訳): オーバーフローする脳―ワーキングメモリの限界への挑戦, 新曜社, 2011-11

本書の感想をメモしておきます.

誰かに話をしている途中で,その話が本筋から脱線してしまうことがよくある.それはそれで問題はないのであるが,自分の場合,脱線した箇所を見失ってしまい,本筋に戻れなくなることが結構ある.その原因について気になっていたところで目に止まったのが本書である.

本書は,ワーキングメモリをテーマにしている.ワーキングメモリとは,数秒の間,情報をアクティブに保つために備わっている脳の能力のことであり,注意を集中すべきものが何かを保持するのに使われている.ワーキングメモリには容量の制限があり,知覚した新しい情報がどんどん押し寄せてくると,古い情報はそこから溢れだしてしまう.注意すべきものについての情報はワーキングメモリにあるので,何らかの影響でそれへの意識が薄れてしまうと,自分にとって大切なものであっても,ワーキングメモリから消失してしまう.どうやら自分の身に起こっているのは,この現象のようだ.

情報の世界では,データ構造とアルゴリズムという分野があって,データの効率的な表現方法や処理方法が提案されている.私達の脳が持つ数多くの機能は,そこで提案されている各種手法によりモデル化できると思う.そして,このワーキングメモリという能力に至っては,キューのようなものであるような気がする.注意しているものはキューに収まっているので,それが溢れそうになったときに取り出して再びキューに入れないと,それは失われてしまう.そう考えると妙にフィットする.

この考えでいくと,脱線した話を本線に戻せないのは,キューのサイズが小さくなっているとか(年齢のせい?),キューに情報を入れすぎていて,再投入が間に合わずオーバーフローを起こしているとか(話を膨らませすぎ?)が思いつく.どうも両方とも当てはまるような気がしてきた.なお,ワーキングメモリは実際に加齢により容量が低下するらしい.ただ,訓練により増加させることも可能なそうなので,何かいい素材を探してみたいと思う.

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